‘Diary’ カテゴリーのアーカイブ
やんちゃオヤジ Vol_5
2010 年 8 月 24 日 火曜日こんにちは。
気が付けば私の書き込みも第5弾。
アンティークやアイアンのこととは全く関係のない内容になっていました。
ス・ミ・マ・セ・ン!!
アンティークに関しては、母方の伯父が骨董商をしていた関係で、若いころ手伝ったりしていましたので、ルーツはそこにあると思います。
戦前の革のトランクにギター用のエフェクターやコードを入れて愛用したり、明治時代のものと思われる、伊万里焼の小皿を普通に食卓で使ったり、生活の中に色々と古いものがありました。中でも今はもう処分してしまった、ライティングビューローは今でも惜しいことをしたと思っています。
大好きなE・ギターですが、やはり古いものがいいですね。
今まで手にしたのは、1950年代のGibsonのレス・ポール・ジュニアが最も古く、
次に1960年初めのフェンダーのムスタング。これは、特にネックが素晴らしく出来が良いので気に入っています。
また、1970年のフェンダー・テレキャスターは私のコレクションの中では最高で、シングルコイルのピックアップから拾う音はどんなアンプでもそれなりの良い音を出してくれます。
外観とともに枯れた感じがとにかくたまりません!!
私の好きな音。やはり何と言っても1959年のレスポール・スタンダードのリアのピックアップから出る伸びと艶のある音が一番!!
私のフェイバリットな「音」です。
それから、1957年のフェンダー・ストラトキャスター。
私だけでなく、多くのギター愛好家の方たちも同感だと思いますが、日本流で言えば「東西の横綱」ではないでしょうか? (例えがオシャレではないですね・・・笑)
私は今日で満60歳(1950年8月24日生まれ)。
ですから、最近のギターやアンプのことは正直、よく判りません。
そして、相変わらず昔の音にこだわっています。(進歩は全くなしです)
が、しかし、チューブアンプ直結の音はやはり温かいです!!
エフェクターもいろいろ使ってきましたが、やはり「シンプル イズ ベスト」
頭が固いと言えばそうなんですが、やはり直結です!!
何故?
ギターのボリュームを下げた時に一番判りやすいです。
私は時々、バイオリン奏法をするのですが、ボリュームペダルとは一味違った音に満足感を覚えます。また、音を下げてバックでリズムを奏で、フルボリュームにしてソロをとる時の音質がまるで違うようにアンプを設定しています。
肝心なのは、自分の音を創りだすことが一番だと思っています。
「音」は人それぞれ好みがありますので、述べてきましたことは、
あくまでも私自身の考えですので、どうかご理解下さい。
次回は私のギターを画像にしてご紹介したいと思っています。
どうぞお楽しみに。 Oyaz
やんちゃオヤジ Vol_4
2010 年 8 月 9 日 月曜日こんにちは。OyazのひとりごとVol_4です。
私が23歳のころ、良き仲間たちと企画し立ち上げた、I・Y・M・A(岩国ヤングミュージックアソシェーション)には、2百数十名の入会があり、
毎月のようにコンサートや親睦のリクリェーションを開き、大いに盛り上がりました。
手描きのポスターや看板、ガリ版による会報作成などすべてが手作りのもので、コンサートの為の会場の段取りから始まって、広報、渉外、PAや照明などなど。
必要な動きはすべて自分たちで行ったことは、35年以上も経った今も「良き仲間」で、
その意識は何も変わることなく現在も続いています。
ただ残念なことは、その「良き仲間」が少しずつ減ってきていることです。
自然に逆らうことは出来ないのはよく解っていますが、もし叶うものなら私よりあとに逝って欲しいと思うばかりです。
なんだか湿っぽくなりましたが、
「仲間」がいるってことは素晴らしいことです。
ビートルズの1967年のアルバム「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」の中に、
「With a Little Help from My Friends」(あのWoodStockでJoe Cockerが熱唱した曲)
日本語タイトル「心の友」は私の好きな曲のTop10に入ります。
初めて聴いた時、感動して身体中が熱くなったのを今でもよく覚えています。
そのタイトルと同じ「心の友」を音楽を通じて得られたことは、人生に於いてとても重要なことでした。この歳になってもその「仲間=心の友」たちと音楽が出来ることは「幸せ」なことです。
もちろん、家族の理解と協力なくしては語れないのは言うまでもありませんが・・・・・・汗。
そんな環境にある自分は本当に幸せで、日々感謝です!! Oyaz
やんちゃオヤジ Vol_3
2010 年 7 月 31 日 土曜日こんにちは。Oyazのひとりごと第3弾です。
CreamやLed Zeppelinに魅せられてそのルーツであるBluesを聴き始めた私は、Albert King/B,B King/Freddie King/Otis Rushなど、多くのブルースマンに影響を受けたのは事実です。
初めて手に入れたEギターは、グレコのレスポールタイプ(ブラック)。
暇さえあれば無意識のうちに手に握り、抱えたままで眠ったこともしばしば。
左手はマメだらけ、血がにじみ出るのは当たり前のことでした。
ようやくコードも覚え、レコードに耳を傾けながら3コードの練習。
まるで自分がバンドの一員になったかのような錯覚。
とても新鮮でした。
今想えば、「彼らを聴いていなければ、現在の自分もなかっただろうな」・・・と。
自身が奏でる音に少し自信がついてきた頃、
1973年 新たにバンド結成。ギタリストとしての参加です。
前述の「Cream」やJeff Beck率いる「BBA」を意識(?)しての3人編成でしたが、所詮無理なこと(音の隙間が多過ぎ)。いつの間にか5人になっていました。
私たちは恐れ多くもそれに沢山トライしていました。
生意気に、「テクニックの無さはフィーリングでカバー!!」などと言って練習。が、かなりかけ離れた出来に「ボツ=没」の山(笑)。
しかしながら、トライしたことは次に繫がっていたのは確かで、テクニックの向上と共にバンドとしてのアンサンブルが良くなったことも事実でした。
「音楽」。音を楽しむ。
聴くと演る(やる)とでは大違いで、それを感じるにはかなり時間が掛かりました。
つまり、私たちのそれは自信の無さからか、決して心地良いものではなかったからでした。
当時、多くの仲間たちと共に「LIVE」を開催し、
お互いが刺激し合い、大いに盛り上がりました。
勝ち負けは当然ある訳ではないのですが、「人を認める」ことによって、
自分の中で「負け」を感じたことが多かったのをよく覚えています。
「負け組」になることは、自身の努力によっていつか「勝ち組」になれることを音楽から知ることが出来ました。
それはその後の人生において,とても有意義な経験だったと思います。 Oyaz
やんちゃオヤジ Vol_2
2010 年 7 月 21 日 水曜日こんにちは。Oyazのひとりごと第2弾です。
私が19歳の夏。
つまり1969年の8月15日(金)から17日(日)の3日間。
アメリカのニューヨーク州サリバン郡ベセルで開かれたWoodstockフェスティバルのニュースに愕然。
ビッグネームのアーティストの出演に40万人以上の若者たちが集まり、
アメリカのスケールの大きさには、ただただ驚きを覚えました。
1970年に公開された映画「Woodstock“平和と音楽と愛の3日間”」では、
たった4時間弱の上映に釘付け。
まさに「度肝を抜かれる」という言葉がピッタリの衝撃でした。
当時、写真などでしか見ることのできなかった、CSN&Y/The Who/Santana/Ten Years After /などなどが私の目の前に!!
Joe Cockerはやはり私の中ではサイコー!で、トリのJimi Hendrix(ジミ・ヘン)はもはや「神の域」だと感じました。
余談ですが、1969年はベトナム戦争真っ只中。
私の住む岩国の米軍基地にも多くの帰還兵がいました。
音楽を通じて知り合った同年代の彼らと共に語り、音楽を聴き、セッションなどをして、少しではありますが、彼らの「苦悩」を感じ取ることができました。
敗戦後24年も経った平和な日本の若者には、もはや彼らの苦悩は全く理解しがたいのが現状でした。
私が彼らにして上げられた唯一のことは、共にいて、苦しみや悩みを理解しようと努力したことだけでした。
私は哀しい時や疲れ切っている時はブルースやスローバラードをトコトン聴いています。
そうしているうちに、だんだん元気が出てくるのです。
私だけのストレス解消法かも知れませんが、皆さんも試してみませんか?
Oyaz
人気もん
2010 年 7 月 19 日 月曜日「こんにちは~~~~!!」
突然、ご近所中がビックリするくらいの大きな声。
そうです。慎吾(柳沢)ちゃんと奈美(一戸)ちゃんがMyuへご来店です。
先日、TSS(テレビ新広島)製作の人気番組「人気もん」の取材がありました。
まさかのことで、我が家は「てんやわんや」。
スタッフの方々と総勢9名くらいがまず入られたのが工場。
早速、慎吾ちゃんのハイテンションのジョークを交えたインタビュー。
一緒にアイアンのトレイを作ってみました。
慎吾ちゃんのハンマーワークが思いのほか良いのにびっくり!
そして次に2階のショップへ。
そこでインタビュー中に慎吾ちゃんの大ボケ。
彼のパフォーマンスはやはりさすがでした。
私も「ノリ」には少しは自信があるのですが、彼のそれにはとてもかないませんでした。
アイアンの作品について聞いていただき、とても光栄に思います。
最後に私の「隠れ家」の方へ。
実は事務所なんですけど、大好きなギターやアンプがところ狭しと並んでいます。
ギター演奏も聴いてもらい、むしろ私の方が感激でした。
「人気もん」の放送は、8月1日(日曜日)の朝
9時30分より : テレビ新広島・岡山放送・山陰中央テレビ
10時25分より: 山口放送
URL : http://wwwz.tss-tv.co.jp/ninki

私も内容詳細については何もわかっていません。
ただ言えますのは、慎吾ちゃんの人柄の良さは皆さんのご想像通りだということだけです。
慎吾ちゃん、奈美ちゃん、スタッフのみなさん。暑い中本当にお疲れ様でした。
そして、有り難うございました。是非、またお会いしましょうね。
Oyaz
やんちゃオヤジ Vol_1
2010 年 7 月 15 日 木曜日こんにちは。MyuのOyazのひとりごとです。
私、1950年(寅年)生まれで、この度めでたく?還暦。
幼い頃から音楽が大好きで、
家に一台しかない真空管ラジオから聴こえてくる音にとても惹かれていました。
若い人はご存じないかも知れませんが、
三橋美智也、春日八郎、フランク永井、美空ひばり、雪村いづみ、江利チエミ(敬称略)などなど、
私の中には沢山のアイドルがいました。
中でも、初代三人娘の美空ひばり、雪村いづみ、江利チエミは当時小学生だった私の憧れのスターでした。
戦後の日本にはアメリカの文化に対する憧れからか、多くのジャズのナンバーが紹介され、それを彼女らが番組で歌ってくれていたのです。
日本語すら満足にしゃべることの出来ない私にとって、とにかく「チンプン・カンプン」でしたが、
彼女らの歌をメロディで捉え、その素晴らしさを感じたことをよく覚えています。
中学2年のときに聴いた「ビートルズ」は、私の人生を変えたと言っても決して過言ではないでしょう。
それまでに聴いたロカビリーやロックンロールとはまた違った衝撃でした。
まず、大きく違った点は、ひとりのスターとその専属のバックバンドが多かった時代に、
4人でひとつのユニット。(勿論、歌だけではなく楽器も担当するから凄い!!)
やっとの思いで手に入れたEPレコードを擦り切れるほど聴き、ライナーノーツはすみからすみまで読みあさりました。(まさにオタクです)
曲によって、ジョンになったり、ポールになったり・・・・・。楽しかったな~~!!
高校2年の時、気の合うクラスメイト5人で念願のバンド結成!!
いよいよ本格的にバンド活動の始まりです。(人生の岐路だったかも?)
ギターは2人で経験者でしたが、残りの3人は私(ドラム担当)を含め未経験者。
ダンボール箱がベードラ、スネアは教科書。もといマンガ本。あとはご想像にお任せします。
そして、高校3年の秋。衝撃?のデビューです。と言いましても「文化祭」ですが。
ストーンズの「Jumpin’ Jack Flash」など4曲。40年以上経った今でもよく覚えています。
普段、話をしたことのない他のクラスの人たちともすぐに仲良くなれたし・・・・・。
音楽は間違いなく世界共通の文化でもあり、その影響力の凄さを痛感しました。
今日のところはこれくらいにしておきます。
今後も年々薄らいで行く記憶を辿りながら、私の音楽好きの半生をご紹介したいと思います。
よろしいでしょうか?
サビたモノたち*「Myuの庭」編
2010 年 7 月 13 日 火曜日***フランネルフラワー*とアンティーク
2010 年 5 月 27 日 木曜日***癒しを求めて…* 錦帯橋**
2010 年 3 月 1 日 月曜日
山口県岩国市の錦帯橋へ
梅の花を眺めに行きました
美しい梅に心を癒されながら
ふと桜の木を見ると枝にたくさんのつぼみが♪
(夕暮れ時に撮影したのでちょっと暗いですね…)
まだ茶色のつぼみですがしっかりと膨らんでいます
そうですよね、もう3月…
今月末には開花ですもんね!
今年は全国的に開花が少し早いようですね
満開になったらまた錦帯橋と桜との絶景を撮影しに行かねば!!!
そしてっ!!
葉桜になった頃、錦帯橋では毎年「錦帯橋まつり」が開催されます
4月28日(水)~29日(祝)
その協賛行事の「城下町掘り出し市」も恒例イベントとなっており、
骨董・アンティークのお店で賑わいます
Myuも毎年参加しており、今年は
西洋アンティークのお店も多数出店するので
いつも以上に内容の濃い2日間になりそうです♪

お近くにお越しの際はぜひお立ち寄り下さいませ
撮影2010.2.24
In.錦帯橋










