やんちゃオヤジ Vol_3

こんにちは。Oyazのひとりごと第3弾です。

CreamLed Zeppelinに魅せられてそのルーツであるBluesを聴き始めた私は、Albert KingB,B KingFreddie KingOtis Rushなど、多くのブルースマンに影響を受けたのは事実です。

それまでバンドでドラムを叩いていた私ですが、彼らの創りだす魂の音に感動し、ギターを猛練習。いつのまにか自分もギタリストを目指していました。 

初めて手に入れたEギターは、グレコのレスポールタイプ(ブラック)。

暇さえあれば無意識のうちに手に握り、抱えたままで眠ったこともしばしば。
左手はマメだらけ、血がにじみ出るのは当たり前のことでした。
ようやくコードも覚え、レコードに耳を傾けながら3コードの練習。
まるで自分がバンドの一員になったかのような錯覚。
とても新鮮でした。
今想えば、「彼らを聴いていなければ、現在の自分もなかっただろうな」・・・と。

自身が奏でる音に少し自信がついてきた頃、

1973年
 新たにバンド結成。ギタリストとしての参加です。
前述の「Cream」やJeff Beck率いる「BBA」を意識(?)しての3人編成でしたが、所詮無理なこと(音の隙間が多過ぎ)。いつの間にか5人になっていました。
世の中には名曲といわれるものが沢山あります。
私たちは恐れ多くもそれに沢山トライしていました。
生意気に、「テクニックの無さはフィーリングでカバー!!」などと言って練習。が、かなりかけ離れた出来に「ボツ=没」の山(笑)。
しかしながら、トライしたことは次に繫がっていたのは確かで、テクニックの向上と共にバンドとしてのアンサンブルが良くなったことも事実でした。 

「音楽」。音を楽しむ。

聴くと演る(やる)とでは大違いで、それを感じるにはかなり時間が掛かりました。
つまり、私たちのそれは自信の無さからか、決して心地良いものではなかったからでした。
当時、多くの仲間たちと共に「LIVE」を開催し、
お互いが刺激し合い、大いに盛り上がりました。

勝ち負けは当然ある訳ではないのですが、「人を認める」ことによって、
自分の中で「負け」を感じたことが多かったのをよく覚えています。

「負け組」になることは、自身の努力によっていつか「勝ち組」になれることを音楽から知ることが出来ました。
それはその後の人生において,とても有意義な経験だったと思います。    Oyaz

イギリスから入荷!!!

 

イギリスからたくさんの家具、小物など入荷しました

フードキャビネット、時計、デスクランプ・・・
素敵なものばかりです

 

 

どんどんアップしていきますのでお楽しみにっ♪

 

ANTIQUES Myu

やんちゃオヤジ Vol_2

こんにちは。Oyazのひとりごと第2弾です。

私が19歳の夏。
つまり1969年の8月15日(金)から17日(日)の3日間。
アメリカのニューヨーク州サリバン郡ベセルで開かれたWoodstockフェスティバルのニュースに愕然。
ビッグネームのアーティストの出演に40万人以上の若者たちが集まり、
アメリカのスケールの大きさには、ただただ驚きを覚えました。

1970年に公開された映画「Woodstock“平和と音楽と愛の3日間”」では、
たった4時間弱の上映に釘付け。
まさに「度肝を抜かれる」という言葉がピッタリの衝撃でした。
当時、写真などでしか見ることのできなかった、CSN&Y/The Who/Santana/Ten Years After /などなどが私の目の前に!!
Joe Cockerはやはり私の中ではサイコー!で、トリのJimi Hendrix(ジミ・ヘン)はもはや「神の域」だと感じました。

余談ですが、1969年はベトナム戦争真っ只中。
私の住む岩国の米軍基地にも多くの帰還兵がいました。
音楽を通じて知り合った同年代の彼らと共に語り、音楽を聴き、セッションなどをして、少しではありますが、彼らの「苦悩」を感じ取ることができました。
敗戦後24年も経った平和な日本の若者には、もはや彼らの苦悩は全く理解しがたいのが現状でした。
私が彼らにして上げられた唯一のことは、共にいて、苦しみや悩みを理解しようと努力したことだけでした。 

音楽の力は偉大です。
私は哀しい時や疲れ切っている時はブルースやスローバラードをトコトン聴いています。
そうしているうちに、だんだん元気が出てくるのです。
私だけのストレス解消法かも知れませんが、皆さんも試してみませんか?

Oyaz

人気もん 

「こんにちは~~~~!!」
突然、ご近所中がビックリするくらいの大きな声。
そうです。慎吾(柳沢)ちゃんと奈美(一戸)ちゃんがMyuへご来店です。

先日、TSS(テレビ新広島)製作の人気番組「人気もん」の取材がありました。
まさかのことで、我が家は「てんやわんや」。
スタッフの方々と総勢9名くらいがまず入られたのが工場。
早速、慎吾ちゃんのハイテンションのジョークを交えたインタビュー。
一緒にアイアンのトレイを作ってみました。
慎吾ちゃんのハンマーワークが思いのほか良いのにびっくり!

そして次に2階のショップへ。
そこでインタビュー中に慎吾ちゃんの大ボケ。
彼のパフォーマンスはやはりさすがでした。
私も「ノリ」には少しは自信があるのですが、彼のそれにはとてもかないませんでした。
アイアンの作品について聞いていただき、とても光栄に思います。

最後に私の「隠れ家」の方へ。
実は事務所なんですけど、大好きなギターやアンプがところ狭しと並んでいます。
ギター演奏も聴いてもらい、むしろ私の方が感激でした。

「人気もん」の放送は、8月1日(日曜日)の朝
9時30分より : テレビ新広島・岡山放送・山陰中央テレビ
10時25分より: 山口放送
URL :   http://wwwz.tss-tv.co.jp/ninki


私も内容詳細については何もわかっていません。
ただ言えますのは、慎吾ちゃんの人柄の良さは皆さんのご想像通りだということだけです。
慎吾ちゃん、奈美ちゃん、スタッフのみなさん。暑い中本当にお疲れ様でした。
そして、有り難うございました。是非、またお会いしましょうね。

Oyaz

やんちゃオヤジ Vol_1

こんにちは。MyuのOyazのひとりごとです。

私、1950年(寅年)生まれで、この度めでたく?還暦。
幼い頃から音楽が大好きで、
家に一台しかない真空管ラジオから聴こえてくる音にとても惹かれていました。

若い人はご存じないかも知れませんが、
三橋美智也、春日八郎、フランク永井、美空ひばり、雪村いづみ、江利チエミ(敬称略)などなど、
私の中には沢山のアイドルがいました。
中でも、初代三人娘の美空ひばり、雪村いづみ、江利チエミは当時小学生だった私の憧れのスターでした。

戦後の日本にはアメリカの文化に対する憧れからか、多くのジャズのナンバーが紹介され、それを彼女らが番組で歌ってくれていたのです。
日本語すら満足にしゃべることの出来ない私にとって、とにかく「チンプン・カンプン」でしたが、
彼女らの歌をメロディで捉え、その素晴らしさを感じたことをよく覚えています。

中学2年のときに聴いた「ビートルズ」は、私の人生を変えたと言っても決して過言ではないでしょう。
それまでに聴いたロカビリーやロックンロールとはまた違った衝撃でした。
まず、大きく違った点は、ひとりのスターとその専属のバックバンドが多かった時代に、
4人でひとつのユニット。(勿論、歌だけではなく楽器も担当するから凄い!!)
やっとの思いで手に入れたEPレコードを擦り切れるほど聴き、ライナーノーツはすみからすみまで読みあさりました。(まさにオタクです)
曲によって、ジョンになったり、ポールになったり・・・・・。楽しかったな~~!!

高校2年の時、気の合うクラスメイト5人で念願のバンド結成!!
いよいよ本格的にバンド活動の始まりです。(人生の岐路だったかも?)
ギターは2人で経験者でしたが、残りの3人は私(ドラム担当)を含め未経験者。
ダンボール箱がベードラ、スネアは教科書。もといマンガ本。あとはご想像にお任せします。

そして、高校3年の秋。衝撃?のデビューです。と言いましても「文化祭」ですが。
ストーンズの「Jumpin’  Jack  Flash」など4曲。40年以上経った今でもよく覚えています。
普段、話をしたことのない他のクラスの人たちともすぐに仲良くなれたし・・・・・。
音楽は間違いなく世界共通の文化でもあり、その影響力の凄さを痛感しました。

今日のところはこれくらいにしておきます。
今後も年々薄らいで行く記憶を辿りながら、私の音楽好きの半生をご紹介したいと思います。
よろしいでしょうか?


Oyaz

サビたモノたち*「Myuの庭」編

 

 

毎日雨が続くこの季節…

お庭の鉄たちはいい感じに錆びていきます

 

 

錆びた鉄に古い枕木

最高の組み合わせです